裁判員制度が始まった

・21時のNHKニュースで審理2日目の報道がされた。法廷のミニチュアを作って分かりやすく裁判員の参加した裁判を伝えようとする姿勢は伝わった。
・ただ、解説をしていた司法部担当という人のコメントで何とも違和感を感じたのが、「審理の途中で、裁判官と裁判員が話し合いのために別室に入る時間が長い」「中で何をやってるのか不明」「別室で行ったことの内容を法廷で説明しないことが市民の司法参加の趣旨に反する」「中で裁判員の質問が遮られているのではないか。」という部分。確か昨日の審理1日目の報道でも同じことをこの人はコメントしていた。
・別室で行う評議は明らかに裁判員にとって必要な時間なので多少時間が長くなっても仕方ない。また、説明がなかったという点については、法律上は傍聴人への説明は必要ない。法律論を抜きにしても、傍聴した他の記者の率直な感想を伝えただけだったんだろうが、「映画館で映画を見たら本編の前の広告が長くてイライラした」に似たような中身や本筋と無関係なところで非難している理不尽なコメントだと感じた。

・別室で行われているのは裁判官・裁判員による評議。そこでは、裁判員の意見を聴いたり、疑問点を解消したりすることによって裁判員をフォローをしながら適切な心証形成を促すことを行うこととされている。
このように審理の途中で裁判員に対して裁判官から説明をしたり補足をしたりすることによって裁判員へフォローをすることは絶対に必要。
特に証人尋問の場面では、証人と弁護人・検察官との間で様々なやりとりが交わされて大量の情報が発生する。こうした大量の情報を一気に処理して心証を形成するのはプロフェッショナルである裁判官ならまだしも、一般市民である裁判員には困難。
なので、証人尋問の内容や手元の資料の中身との関係、証人の様子、仕草などの様々なポイントについて、裁判官が必要と感じたタイミングで適宜裁判員に確認させ、必要に応じて咀嚼して理解させなければならない。4日間という短期間で結審して裁判員が最終的な判断を下して判決を決める(予定の)本件では尚更だ。
「審理の途中で、裁判官と裁判員が話し合いのために別室に入る」というのは、そのために必要な時間。この時間を10分かそこら確保することを問題視するのはちょっとおかしい気がする。
そして、このように別室で行われていることを理解すれば、「裁判員の質問が遮られている」ことなんか絶対にあり得ないことは明らかだろう。全く制度についての知識を持たない人はともかく、報道としてこのようなコメントをするのはどうなんだ。

・確かに、傍聴している方々に分かりやすい裁判をするというのは大事なこと。「傍聴人のために裁判をしているのではない」「傍聴させているので裁判の公開という趣旨を全うしている」「裁判員は参加させているから司法を市民に身近なものに充分してるでしょ」という姿勢では、それが法律的には正しい考え方であることとは関係なく、市民の司法に対する信頼は得られないだろう。裁判員への裁判官による不正なコントロールがあると疑おうとするのも分かる。そういう点からすれば、知識のない傍聴人にとっては「評議してきます」とか「評議してきました」ということを説明した方がより親切だろうし今後改められる可能性もあるだろう。
しかし、別室の中で行っていることは評議であることや評議の意味合いについては裁判所のHPでも見れば明らか。「評議してきます」とか「評議してきました」と裁判官が傍聴人のために法廷で説明しなかったという本筋とは関係ないことを裁判員制度の問題点としてあえてニュースの解説で取り上げる必要が本当にあるのか?しかも「趣旨に反する」とかもっともらしいことを言って。法の趣旨という法律の話をすれば傍聴人への説明を欠いたとしても全く問題ない。
別室での評議の中身を説明することとなると、それこそ裁判官・裁判員の心証形成の過程やその中身を世間にさらけ出すことになり、公正な心証形成を妨げるおそれもある。こんな弊害をもたらすことが「司法を身近なものにする」という裁判員制度の趣旨に含まれるはずがない。

・「評議」という制度を知らない聴いたこともない傍聴人が唐突に10分待たされたことに対する「イライラ」とか「何か不正なコントロールがあるんじゃねーか」という疑問を持つのは分かるけど、それなりの知識を持っているはず・持っているべきNHKの司法部担当記者なんだしそういう制度くらい知っているだろうから、何でこんな素人じみた文句を全国放送でわざわざするのか分からない。あえて「一般人の立場で」という意識なのかもしれないが、報道機関なのであればむしろ評議の意味合いを改めてトピックとして伝えるなどして、知識のない一般人のために空白の10分間の意味合いを説明することが報道のあるべき姿ではないだろうか。何とかして裁判員裁判を批判したいという変な意識が見えたり見えなかったり。

・別にNHK批判をしたいわけではない。自分が裁判員制度について全肯定というわけでもない。裁判員制度という現実に存在する法制度に対するNHK記者の一部のコメントが「法務博士」としてすごく違和感を感じた。